「とりあえず3年頑張る」にもはや価値がない時代

とりあえず3年

昔の人はよく、「とりあえず3年頑張れ」とは言ったものです。

実際に僕が就職活動をしていた2008年頃もまだまだこの言葉は流行っていて、年配の方々も「とりあえずお前は一人前になるために3年頑張れ」とかはよく言ったものですし、実際に周りでも「とりあえずこの会社で3年働いてみる」「とりあえず3年間修行のつもりで頑張るよ!」と言っていたものです。

しかし今や、この言葉にはほぼ価値が無くなってきたように思えます。

とりあえず3年頑張った先に明るい未来がない!

なぜ僕がそのように言えるかと言うと、「とりあえず3年」我慢して頑張った先にたいして明るい未来が待っているわけではないからです。

例えば今から15年、20年前の終身雇用制度、年功序列型賃金制度が根付いていた日本社会でなら、新入社員がとにかくキツイ仕事にも耐えて3年頑張れば、その先には例えば小さな部門の責任者になったり、後輩の指導係になったりと、それなりに出世を果たせるかもしれなかったでしょう。

誰でも会社に入れば将来の出世や昇給が保証されているから、我慢して頑張った甲斐があったわけです。

ですが今は、そんな保証なんて無くなってしまいました。

例え3年間死にもの狂いで会社のために働いたって、その功績が評価されなかればいつだって平気で首を切られますからね。給料も上がらないわけです。

だから昨今では、出世はあまり望まないし、給料もそこそこでいいから、責任の重くない役目で働きたいという若者が増えているのです。

そらに、一人前になるためには最低でも10年間の修行が必要だと言われていた寿司職人ですら、最近では「とりあえず10年」という前提に疑問を抱く人も出てきていて、わずか3か月で一人前のすし職人になれるスクールのようなものもできているわけです。

以前だったら、皿洗いから覚えていき、先輩の作る卵焼きやすしの握り方などを見よう見真似で習得していき、やっと10年経った頃に一人前になると言われていた業界だったのですが、実は効率化を極めればたった3か月で習得する事が可能だったわけです。

もちろんこれは一例に過ぎませんが、日本社会での得体のしれない「とりあえず3年」という根性論が、一部では価値を失いつつあるのは事実です。

3年間嫌な仕事をずっとストレスを抱えて続けているよりは、嫌ならスパッと辞めてしまって、別の仕事を頑張ってそこで才能を開花させればいいわけですよ。

これだけ流動的に生きていける時代になったので、1つの場所、1つの仕事に固執する必要なんて無くなったんですから。

現に、月給25万円前後で家族のために、上司に毎日怒鳴られても残業三昧でも、必死に我慢して働いてきたような方が、仕事をスパッとやめてインターネットビジネスを独自で初めて、半年後には月給7桁を手に出来ているケースなんて腐るほどあるわけです。

誰かに言われた、あるいはどこかで聞いた「とりあえず3年」という言葉をただ鵜呑みにして生きてしまっている人は、世間を見渡す視野が狭くなってしまっているか、自分の将来を自分で考えるという習慣をそれまで生きてきた境遇の中で残念な事に抜き取られてしまっているのです。

「仕事を辞めたら生きていくお金が」「家族を養うお金が」と言う方もいるでしょうけど、結局人生なんてどうとでもなるものです。行動する前から、ビビッて何もしない人が多すぎなだけです。

自分は一体どういう人生を送りたくて、何をしている時が一番ハッピーになれるのか?

仮に今の仕事に嫌悪感を抱いてしまっている方がいるのであれば、もっと、日常的にこういった事を考えた方が良いですね。

3年なんて待ってたら時代が変わってしまっていますよ!「思い立ったが吉日」です。